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―――時は明治三十余年―――





二百五十年余り続いた江戸の世が終わり政が皇家に返されて更に三十余年、

太刀を持ち斬った張ったも今は昔。
欧米列強に追いつけ追い越せと日本全体が躍起になり、正しく光陰の日々が過ぎている。

一頃前には洋外との戦に勝利と勇躍を果たし、
東洋の小国に過ぎなかった日本の立場も変わっていた。


元号が明治になってからというもの、庶民の暮らしも大きく変わった。
髷も刀も捨てた。
紙燭は電球へとその場所を譲り、夜闇の多くが払われた。
鉄道で移動すれば日本は狭く、人の行き来も容易になり――
文明の灯は遍く日本国中に届いている――

――はずだった。


退役軍人の 吉野 征治 は、師匠の 七条 巌 とともに
簸野郡の郡長・織部玖郎と会談をしていた。

織部玖郎が口を開く。


「私の郡には、ながらく禁足地とされていた山がある。
しかし、山中に村があることが最近わかってね」

「多くの者は村のことを知らない。
そしてあの山はとても恐ろしく伝わっている」


「…吉野君。君にはその村に出向いて、
明治政府の一員となるよう交渉を行ってもらいたい」




―――忘れられた村。



―――神の住む山。



変わりゆく時代の中に落ちた、一つの出逢いの物語。


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